母さん、あなたがこれを見ているということはもう僕はこの世にいないでしょう。
静香と叶奈を過酷な運命から救い出すには死しかありませんでした。
愛する二人を失った世界では生きられない、身勝手で弱い僕をお許しください。
雨地は呪われた血族です。
いずれ正気を失い、 人を喰らう蜘蛛の怪物となる定めを背負っています。
加えて、自らの意思で血を絶やすこともできない呪いに苦しめられています。
静香はもう限界です。
数年前から少しずつおかしくなっていきました。
庭に頭部のない虫やネズミなどの死骸が散見されるようになったのが始まりでした。
衝動的に、あるいは無意識に小さな生物の頭部だけを捕食していたのです。
発作的に身体の変貌が起こることもありました。
この頃から静香は雨地和江の介護をするという名目で、人前に出ることがほぼなくなりました。
やがて症状が進行し、虚ろな目で夜の街を徘徊。
身元不明者を地下に連れ込み、雨地和江とともに人を喰うようになりました。
静香は自らの死を望みました。
何度も何度も、 殺してくれと懇願されました。
僕は静香を、いずれそうなる叶奈を、二人を救う手段を探していました。
雨地和江はもはや巨大な蜘蛛です。
元は人の形をしていたようですが、齢を重ねるごとに蜘蛛の血が濃くなり、悍ましい怪物になり果ててしまったらしいです。
雨地の血族は自身の血を子孫に注ぐ習わしがあります。
抗体のような作用を期待した、 蜘蛛化の進行を抑制するために必要な処置のようです。
静香と叶奈はそれを信じ、その風習を長い間続けていました。
僕は疑念を抱いています。
その行為は本当に必要なことなのだろうか、と。
しかし、静香と叶奈、特に妻は雨地和江を狂信していました。
今はあのような姿でも、静香にとっては母親です。
彼女の前で雨地和江を否定することはできず、探るような真似を見せるわけにはいきませんでした。
家族の目に触れずに雨地和江を調査するために、彼女の部屋の隣に研究室を拵えました。
けれども、科学的に蜘蛛化の機序を解明するまでには至りませんでした。
しかし、地下通路で僅かな魔力の滞留を検知しました。
波長を解析すると、それは雨地和江から発された暗示のような魔術の形跡だとわかりました。
無意識に他人に意図を伝達させる、何かしらの魔術の行使が疑われます。
雨地和江の排除は静香や叶奈の蜘蛛化を止める術を永遠に失う可能性があります。
僕にはどうすることもできませんでした。
母さんに話せなかった理由はもう察せたでしょう。
僕は大いなる神への忠誠より、妻と娘を守ることを選びました。
どのみち母さんを裏切ったことには変わりありません。
本当にごめんなさい。
自分も妻も娘もこの世を去っていたのなら、どうか雨地和江の正体を暴き、雨地和江が僕たちを欺いていたことがわかった時は、仇を取ってください。
それを可能にする対神性兵器を添付しておきます。
必要があれば使ってください。
呪われた運命が、あるいは静香が、叶奈が生き残ることを望んだのなら、あの子は今でも独り暗闇の中を歩んでいるかもしれません。
叶奈を、頼みます。