安納阿礼の日記

2016年 4月

私は私自身の正気が保たれていることの証明のためにこの日記を綴ろう。

2018年 2月

私自身が計画を遂行できなくなったとき、有栖が
もしくはこの日記を見た何者かが私の願いを叶えてくれると信じて。

2016年 4月

私たち四人は、この学園の七不思議を追っていた。
最初は遊びのつもりだった。
しかし、私たちは気づいてしまった。
この学園に巣食う化物の存在に。

同じ姿をした生徒、死者を蘇らせるフルート、大きな肉の塊、過去の学園の夢、そして、悍ましい不定形で顔のない巨大な二体の粘性生物が、この学園を崩壊させた。
まるで、奈落へと落とされるような感覚だった。
正気を削がれ、崩れゆく足元に私は死を覚悟した。

学園の崩壊が始まったその時、佐々木 直ささき なおが私と遠山 有栖とおやま ありすの手を引き、私たちを物置からつながるこの地下室へと導いた。
なおは『ここにいるんだ、ここから出てはいけない。』と言い残し、彼は再び来た道を戻っていった。

私と有栖は完全に混乱していた。
私たちにできることは何もなかった。
私たちはその地下室で死人のように過ごした。

幾分か落ち着きを取り戻し、荒廃と化したであろう外の様子を見に行くことにした。
しかし、予想とは異なった光景が地上には広がっていた。
外は、いや地下への扉はそのまま物置につながっており、学園という建造物は元通りになっていた。
再び頭がどうにかなりそうだった。
いや、もうどうにかなっていたのかもしれない。

生徒たちもいた。随分と数は減っていたが、それでも見知った顔もいた。一瞬ほっ、としたが。
その希望は、すぐに絶望へと変わった。
誰も、我々のことを覚えていなかった。
そして、その瞳は深淵のように暗く、澱んでいた。

私と有栖は直感した。
ここにいてはいけない、と。

あとの二人の姿を見つけることはできなかった。
いくら探しても、見つけることはできなかった。

2016年 5月

地下に戻った我々は再び頭を抱えた。
有栖はここにいても仕方がないと、街の様子を見てくるといって飛び出していった。
数時間後、有栖はひどく青ざめた顔で戻ってきた。

家族も、学園外の友人も、誰も自分のことを覚えていなかった、と言った。
自分はこの世界から隔離されてしまった、と
実は死んでしまっているのではないか、と叫び散らした。

そこで、私は気づいてしまった。
この学園だけじゃなく、この街自体が、
奴らの手のひらだったのだ、と。

正気を取り戻した有栖の顔には覚悟のような何かを感じた。
彼女は名を変え、地上を偵察するようになった。
「篠崎 澪」それが彼女の新しい名前だった。
そして、我々の中に新しい感情が湧き上がってきた。
それは、憎悪"だった。"

私と篠崎は復讐を誓った。
必ず奴らを殺す、と。

篠崎は必要なものを可能な限り用意してくれた。
武器になりそうなものも調達してくれていたが、奴らに効くとは思えなかった。
そして最大の問題は、奴らの姿が全く見当たらないと言う。

もういなくなってしまったのかとも思ったが、この学園を包む狂気からとてもそうとは思えなかった。
姿を変えて、この学園のどこかに潜んでいるに違いない。
あの二人も、まだ見つかっていない。

しかし、今日の篠崎の様子はどこかおかしかった。
まるで私に隠し事をしているようにも感じた。

2016年 6月

今更ながら、この部屋をよく調べてみた。
机の上には何かの鍵、何故かネットに繋がっているパソコン、本棚には四冊の本があった。

禍々しい書物だった。
開けずとも、それが危険なものだとわかった。
同時に強い力を感じた。それらをめくってみて確信する。
これらは我々の願いを叶えるのに必要なものだ、と。

英語で書かれていたので篠崎に辞書を図書室から調達してくるように頼んだ。
明日から早速解読にとりかかろう。

数ページ解読したところでひどい頭痛と吐き気を感じた。
確実に正気を削がれている。
篠崎からは止めろ、と言われたが私は続けた。

これは紛れもなく、本物の魔導書だ。
復讐の念だけが、私を突き動かす原動力だった。

2016年 7月

ある本を解読していると、一つの呪文が目に留まった。
それは、未来に飛ぶ呪文だった。

そして、その呪文は失敗すると過去へ飛んでしまうと書かれていた。
憎悪に塗れた私の感情の中に、一つの希望が生まれた。

この呪文をコントロールできれば、彼女を、友人たちを、救えるのではないかと。

2016年 8月

篠崎にもこの内容を伝えた。彼女もその可能性に希望を見出した。
だが、この呪文はとても危険だった。
不確定要素が大きすぎた。
無駄死にになりかねなかった。
私は奴らを殺す術と、この呪文をコントロールする術を探した。

奴らを殺しきるには、膨大な魔力が必要だと考えた。
二人だけではまるで足りない。
そこで我々は思いついた。
他の人間たちから奪い取ればいいのではないか、と。

我ながら狂った考えだと思った。
いや、もうすでに狂っていたのかもしれない。

そして、誰もが持っているモノ。
特に、魔力…余命を多く残している若者がよく利用するモノを考えた。
結論はすぐに出た、携帯電話だ。

2016年 9月

学園では携帯ゲームが流行している。
元ゲーム部の我々はゲームを作ることができた。

魔導書に書かれた言葉の魔力、それとゲームを融合できないかと考えた。
そして、この日から我々はゲームの開発を、私はそれと同時に魔導書の解読と翻訳を進めた。

我々はついに切り札を用意できるかもしれなかった。

2017年 3月

ゲームと魔術の融合は上手くいっているように思える。
人を魅了する魔術を組み込むことにも成功した。
人々から命を吸い上げる悪魔のゲームだ。
学園に巣食う冒涜的な存在を排除し、安寧を取り戻す。

これは、この世界に存在を否定された我々の反逆だ。
歪んだ理と、狂った神に鉄槌を。
奴らの手のひらに釘を打ち、制縛し、磔にする。
この学園の、神を殺す。

我々の名を知る者はもうどこにもいない。
我々は無名の集団。
たった二人の、名も無い教団。

『ネームレス・カルト』

そのゲームを、我々はそう名付けた。

さぁ、神殺しの儀式を始めよう。

2017年 6月

本の解読と翻訳を進めていく。
徐々に自分の精神が蝕まれていく感覚。
そして、嫌な予感が脳裏を過る。

私は復讐を成し遂げる前に、おかしくなってしまうのではないかと。
日を追うごとに、その予感は確信に変わっていった。

2017年 9月

ゲームが軌道に乗り始めた。
学園の人間からは魔力の貯蔵庫であるこのパソコンが近いこともあり、多くの魔力を搾取することに成功した。

さらに、奴らの手駒になってしまう人間を減らす方法を考えた。
洗脳を中和する魔術をゲームに付与することにした。

2017年 10月

多くの魔力を集められるようになってきた。
魔力の貯蔵も、今の器では限界が近い。
より器として適切で膨大な魔力を貯蔵できる媒体を探さなくてはならない。

溜めた魔力で時間跳躍をコントロールできないかとも考えた。
そこで、ふと思い出した。

我々を過去に飛ばした、あの開かずの理科準備室。
もしや、この部屋にある鍵は準備室の鍵ではないか?
人気のない時間に篠崎に見てきてもらおう。

予想通り、その鍵は理科準備室の鍵だった。
そして、そこには謎のキューブ状の大きな装置があった。
明らかにオーバーテクノロジーの産物だ、と篠崎は言った。
時間跳躍の装置である可能性もあったが、操作方法がまるでわからず、危険も伴っていたため細かく調査はできなかったらしい。

学園内は奴らの本拠地だ。
不審な行動はなるべく避けたかった。

だが、その装置に魔力のパイプを繋ぐことはできた。
新しい器としては申し分ないだろう。
その装置は“未来への視察”が記してあった本と何か関係性があるのかもしれない。

とりあえず、この存在を奴らに知られてはならない。
私は篠崎に結界の呪文を教え、そこを守るよう伝えた。

これで奴らに準備室の中を見られることがあっても、あの装置は奴らの目には映らないだろう。
渡すわけにはいかない。

2017年 11月

魔導書を読み進めている内に、自身の崩壊を強く感じるようになってきた。
私はもう長くはないのかもしれない。
自分が自分でなくなっていく感覚。

この悲願が成し遂げられないかもしれない恐怖に怯え始めた。
何か対策を立てなければ…

私はどうなっても構わない。
しかし、奴らに死を。

そして、もし叶うのであれば、もう一度彼女に会いたい。

2017年 12月

自分の代わりを用意する必要があると考えた。

私は、私の意思を継ぐ三人の娘を作った。
ルルとセラには私の憎悪を、奴らを殺す手段を持たせた。
ナコには私の希望を、彼女を、友人たちを、救えるかもしれない術を教えた。

四冊の魔導書のうちの三冊、その一部を娘たちに内包させた。
命を分け与えた娘たちには、確かな自我があった。

2018年 1月

魔導書の解読をしていくうちに、時間をコントロールできるもう一つの可能性に辿り着いた。

時間を完全に支配した存在。
その存在に近づき、交渉することはできないだろうか。
彼らは高度な科学文明と非常に強い知的探究心を持っている。
利用する他ない。

でも、もう私の身体はいうことをきかなくなっている。
声は大分前に失った。目ももうほとんど見えない。
足は痺れ、手を動かすだけで精いっぱいだ。

結局、私は四冊ある魔導書のうち三冊までしか解読できなかった。もう脳すら…思考もまとまらない。

2018年 3月

彼女に会う方法。
もっと簡単な方法があると今更気づいた。

彼女は向こうで待っているのだから、
私が向こうにいけばいいのだ。

すまない、有栖。
私は君を一人にしてしまうようだ。

もう休もう。
彼女も待っている。

今逝くよ、鮮花。